旅行紹介ブログ

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馬祖島へ行ってきたパオ!

更新日:2015.10.06

台北の松山空港からユニエアーで50分の台湾連江県にある馬祖島へ行ってきたパオ!

台湾基隆から船で8~10時間、中国大陸から1時間半で着く台湾領土なんだよ!。
人口およそ6000人なんだって。

 

馬祖は大きく分けて、5つの島と4つの郷に分れてるんだ。小さな島は36個とものすごい数だけど、人が住んでいるのは、東引、北竿、南竿、東莒、西莒の5つの島で、東莒と西莒は莒光という郷に含まれるから、郷は全部で4か所なんだよ。
一番栄えているのは南竿、次は北竿。馬祖に行くと言ったら大体この2つの島が代表的だパオ。

 

八八坑道

9:10 B7 8755 ユニエアーにて松山空港から馬祖南竿空港へ到着後、まず向かったのが八八坑道だパオ。

この防空トンネルは約10年の歳月を要し、1974年に完成したんだよ。
当時の司令官が蒋介石の88歳の誕生日を祝して、「八八坑道」と命名したんだって!
坑道は主に花崗岩で組成されており、昔の人たちはこの山洞に身を隠して海賊から逃げたみたいだパオ。
中華民国軍が馬祖に駐屯した後は、高く削ったり深く掘ったりしてより強固なものにし、戦車の防空トンネルとしてもつかわれてたんだって。
全長は200メートル。その後、酒廠で老酒を試飲したんだけど早速酔っちゃったパオ。

 

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媽祖宗教文化園區と天后宮

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2009年10月に完成した媽祖の巨大な神像は高さ28.8メートルあり、世界最高の媽祖神像だパオ。

この媽祖の巨像の建設により、馬祖の人々が媽祖信者であることをよりはっきりと表されているよ。
この神像は構想から正式な落成まで10年以上の歳月がかかったんだって。
巨大な神像の周囲には12枚の彫刻が並べられており、媽祖が神様になった物語を説明しているんだパオ。
 

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媽祖は生前とても善良な人間で、神通力もあったと言われているよ。
明朝時代には「天妃」、清朝康熙時代には「天后」と呼ばれたパオ。
いずれも天上聖母の別称となっています。このため、媽祖を祀った廟は「天后宮」と呼ばれたパオ。

 

枕戈待旦エリア景觀レストラン

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南竿の福澳村西南方向の山頂にある公園内には、大きな紅い字で書かれた「枕戈待旦」という4文字が目に入るよ。
地下二階、地上五階の長方形の建築物の上に書かれたのが「枕戈待旦」という4文字。
これは元総統・蒋介石が1958年7月に馬祖に巡視に訪れた際、馬祖の軍人と一般の人々が祖国復帰への志を忘れていないことに感銘を覚え、自ら筆をとって書いたと言われ、金門の太武山上にある「毋忘在莒」と共に広く知られているんだって。
園内にある展望台に上ってみると、福澳港の全景が眺められるんだパオ。

 


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眺めの良いレストランでは、日本料理が食べれたよ!

 

南竿ツーリストセンターと馬祖管理處

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南竿ツーリストセンターでは日本語の馬祖案内ビデオを鑑賞したよ。
馬祖らしい、青の涙(藍眼淚)ドリンクでパオすっきり。

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南竿北海坑道

1968年、戦略上の必要に応じて「北海計画」が開始され、馬祖地区では多くの「地下埠頭」が築かれたんだ。
遊撃戦の船舶を停泊するのに用いられたものです。
今日では馬祖地区における特殊な「戦地景観」となっているよ。


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この地底の防空トンネルには100あまりの上陸型小型船を収納できるよ。
当時は難易度の高い工事と見なされており、2師団、3歩兵団、1工兵団、1台のダンプ車を組み合わせて3組を編成し、昼夜関係なく工事にあたり、完成までには820日の日数を要したというよ。
当時は工事道具が簡素なものであったため、ダイナマイトの爆破以外はすべて人力に頼り、花崗岩の壁を一削り一削りしていったんだって。
一行はこちらでカヌー体験を行ったよ。1周約30分。船一隻の定員は約8人。船頭が説明するため、一隻に一人通訳が必要だよ。


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金門は大きな戦いがあった(823の戦い)ため、その説明からしてもらえたが、馬祖は特に大きな戦いもなく、金門の戦いがあった後にアメリカの競技調停の後、毎日時間を決めて両岸で交互に発砲することを決めたんだって。


大漢據點

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北海坑道近くの海の基地は「大漢據点」。花崗岩内に掘られた大砲設置の場所だよ。
途中蒋介石の肖像や国民党の旗があるよ。
作動しないように全体が固められていますが、鋒先は海を挟んだ向こうの国の方向へしっかりと定められるんだ。
拠点は3層に分かれ、最上層は軍部が使用し、二層目は生活空間および予備機銃陣地として用いられ、最下層は4台の90ミリ高射砲陣地、ブリーフィング室、中山室、倉庫、貯蔵室などに用いられたよ。

中国との関係が緩和されるに伴い、ここは観光発展の価値があることから、中華民国軍から馬祖国家風景区管理処に譲渡され、2006年に修復工事が完了したよ。
拠点内に入ると、各銃口や砲口は海に向かっており、殺伐とした空気だよ。。
当時の中華民国軍の「緊扼海疆、大漢天威(沿海の領土を守り、大中華の威厳を示す)」という気勢が今も感じられて、天気が良いときには莒光の輪郭がはっきりと見られるよ。

 

林義和工坊

夕食は、高粱酒、酢など馬祖の特産品を製造している林義和工坊にて食べたよ。

 

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坑道搖櫓(藍眼淚體驗)

藍眼淚と呼ばれる自然現象を見るため、再度北海防空トンネルへ向かったよ。
青の涙は毎年4月~9月に馬祖の海辺で見られる不思議な青色の発光現象で、動きがあって初めて発光するため、沿岸では比較的観賞しやすいと言われてるんだ。
9月は海辺ではもう見られないんだけど、馬祖国家風景区管理処のツアーは坑道内で行われるため、外の光にさらされることがなく、青の涙を見られる確率は高いんだって。
馬祖交通部観光局馬祖国家風景区管理処の招待で、「南竿北海坑道で夜の小舟に揺られながら青の涙観賞」ツアーを行ったよ。
南竿北海坑道で馬祖の伝統的な漁船「揺櫓」を体験しつつ、至近距離で「藍眼涙(青の涙)」と呼ばれる映画のような幻想的な光景を鑑賞することができたよ。

 

南竿-北竿(船程)


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翌日は朝9時から向こう岸の北竿へ向かったよ。

乗船時間は約15分。

 

坂里大宅

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伝統的な閩東式建築の豪邸で、王氏一族の家屋である「坂里大宅」は、180年以上の歴史を持ち、先祖は福建の方から渡ってきたんだ。
国民党の時代になって、軍に徴兵されることになったので、王氏一族は台湾へ引っ越したそう。
その後は放置されたんだけど、建物の保存状態が良かったので、馬祖國家風景區管理處が近年修復を援助し、現在ではツーリストセンターの役目も果たしているよ。

 

芹壁聚落

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芹壁はまたの名を「馬祖の地中海」と称せられ、かつては「鏡港」あるいは「鏡澳」と呼ばれていたんだ。
この地名は村の入り江前の突起した岩礁に由来するんだよ。
また、岩礁周囲の海水が鏡のように透きとおっていたことから、「鏡港」と呼ばれていたよ。
海面から陸地を眺めると、集落は「芹囝」後方の山壁にはめ込まれているかのようなので、「芹壁」という名前が付けられているよ。
芹壁は馬祖における閩東建築の最も代表的な集落だ。
完璧な保存状態で、国内外の建築、文化、芸術界からも注目されているよ。
これは人口の流出により生じた空き屋を政府が修繕工事を行い、民宿や芸術文化空間にリニューアルしたもののです。
芹壁ではバラエティに富んだ風景を楽しめるよ。


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この辺りの風景は馬祖の九份と呼ばれているそうだよ。

 

海の景色が一望で、亀の形をした島の向こうの方には中国大陸が見えるよ。
外敵から身を守るためこのように作られたそうだよ。


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戰爭和平紀念公園

戦争平和博物館は、ここ数年になって開放された場所で、館外、館内ともになかなか興味深いものがたくさん陳列されていたよ。

台湾の人が馬祖へ行くのを許されたのは1994年のこと。
それまで馬祖は兵役につく軍人のみが配置される、台湾の人たちにとっても未知の島だったんだ。
未知で前線の地ということで、開放されてもすぐに来ようという観光客は少なかったそうです。
実際開放と言っても一般人の立ち入りが許されていないところも多々あったんだ。
また、軍艦に同乗しなければ、訪れることができなかったそうだよ。 


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記念館でも、日本語案内の紹介ビデオがあったよ。(約10分)

また金門と馬祖では、軍隊は女性も入れるそうだよ。

 

戦争を知らないパオたちにとって、馬祖はとっても不思議なところ。また来年行きたいな~

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